髙山 清司(たかやま きよし)|六代目山口組若頭
目次
画像
名前
髙山 清司(たかやま きよし)
生年月日
1947年9月5日(69歳)
所属団体・役職
人物
六代目山口組第二の有力者と目される人物で、日本警察庁の報告書は、4,000名の人員を擁する弘道会という強力な組織をわずか26年という短期間のうちに作り上げた張本人(中心人物)と名指しする。
刀傷によるものと伝えられる閉じた片目を外観上の際立った特徴としている。
犯罪歴
2010年11月18日 ― 建設業に従事する京都の男性に対して恐喝行為を行ったとする容疑をもって逮捕された。司忍が服役していた最中の逮捕、山口組の「事実上の指導者」の歴史的逮捕であった。そしてその背景についての様々な疑義を呼び起こすに至った逮捕でもあった。
その過程にあっては、事件の被害者とされた上田藤兵衛の「どうもただの一般人ではない」ことを思わせる素性などが議論の的とされた。上田藤兵衛の説明によると、上田と渡辺芳則は30年来の旧友であったが、2005年に渡辺が引退したため、これを奇貨とした高山清司が高山義友希と共謀して上田を子分に取り込み、それによって京都の土建関連の同和利権を掌握しようと目論んだのであろうという。
いずれにしても件の逮捕は警察当局による“山口組壊滅作戦”の一環にあたるものとされた出来事で、それからわずか2週間後には六代目山口組第三の有力者と目される宅見組組長の入江禎が逮捕されるに至っている。
備考